以前、私はコンサルタント会社(教育会社)の仙台の営業所長をやっていた。その時、様々な会社の人たちが参加する確か3泊4日くらいの研修があった。ある東京の会社の仙台勤務の人がそのコースに参加されたので、そのフォローということで私はその人にアポイントをとってお伺いすることになった。私の担当のお客様ではないが、役割上、行く形だった。そこからなんらかの仕事になっても担当は東京の営業だし、といっても手ぶらでは何なので、関連するような書籍を1冊持参し、もしかしたら何千円かだけど、本でも売れれば、というくらいの感じだった。その時のことは、細部まで正確ではない記憶かもしれないが、私にとって、とても印象深い経験だった。
その会社にお伺いすると、通された小会議室で名刺交換をした後、その人は「こちらにどうぞ」と私をその部屋から連れ出し、みんなが執務している大きなフロアに連れて行った。そして、その人は「私の席はどこだと思いますか?」と私に聞いてきた。
??この人、何を言い出すのだろうか?と思いつつ、私は、その部屋を見回し、何らかの回答をしなければと思い、「あそこの机ですか?」と指さした。
その人は、また私を連れて、元の会議室に戻って、言った。「そうです。あなたが指さしたのが私の席です。なぜ、あそこだと思ったのですか?」
私は「あの部屋の中で一番きれいな机だったからです」と回答した。私は、そう質問されるからには、どこか特徴があるのだろうと思い、その中で一番きれいな机を指さしたのだった。
そこからその人は、話し始めた。「実は、研修に参加する前、私の机は書類が山のようになっていて、大変な状態でした。私の家も、毎晩寝るときには散らかったものをよけて、寝るスペースをつくって寝ているという状態でした。郵便受けからは、見ていない郵便があふれていました。」「体調もよくなく、職場まで自転車で行くと動悸がしていました。研修受講前に回答したメディカルチェックのアンケートにはウソを書いて、研修にも参加しました」「私はいつもピリピリしていました。この組織の人たちは、一流大学をでている優秀な人が多いのですが、私はそうではありません。その中で、常に、頑張らなければ、負けないぞという思いで働いていました。なんでもめいっぱいやって、そして疲れていました。例えば、誰かから相談されると、夜中まで付合い、くたくたになり、そういったことが繰り返され、段々電話に出るのが怖くなったりという感じでした」
「参加した研修の中でも、あるグループ対抗の実習があったとき、せっかく参加したのだからと私はリーダーに立候補しました。そうとう頑張ったのですが、その結果は、全8グループ中2位で終わりました。」「そういったことを色々やりながら、研修期間も終盤になり、あるセッションでこんなことがありました。グループの部屋の床の中心に印をつけ、担当トレーナーは、最初、皆さん、今自分がいるのにふさわしいと思う場所に立ちましょう、と言いました。グループメンバー12名のほとんどが、部屋の真ん中にある印の近くに立ちました。私は、中心から離れた部屋の隅に立ちました。次に担当トレーナーは、この人の場所は違うなと思う人を相応しい場所に移動させてあげてくださいと言いました。みんなが私のところに来て、手を引っ張り、中心に連れて行ってくれました。」「また、自分を振り返るセッションで、私は、自分はダメだ、実習でも、せっかくリーダーをさせてもらったのに、結局2位に終わってしまった。もっと頑張らないと!というようなことを言いました。すると周りの人たちが、●●さんのおかげで、全体で2位になれたんだよ。十分リーダーとしての役割を果たしていたと思うよ。と口々に言ってくれました。」
「こういった経験を、研修の中で何回か繰り返し、私は『今のままの自分でもいいのでは?今のままの自分でも、何か肩肘を張ったり、取り繕ったりしなくても、周りの人たちから受け入れてもらっているのでは』という気持ちになりました。」
「今は、本当に気持ちが楽になり、すっきりしています。研修から帰ってきて、机の上もきれいにしました。それをちょっとお見せしたかったのです。今思うと、前は、いろんな人がこんなこと考えてやしないかとか、自分は評価されていないのでは、とか不安ばかりでした。今は怖いくらいに人のことが冷静に見れます。人の気持ち・感情がわかるような気がします。そして、こんな体験をしたことをすごく誰かに話したかったのに、話してもわかってくれそうな人が周りにいなかったのです。話したいのに話せない、それが歯がゆくて、、、そこに、あなたが丁度、絶妙のタイミングで現れたというわけです」とニコニコしながら話してくれた。
私は、その話を聴き、びっくりし、熱いものがこみあげてくるのを感じた。少しお互いに話をし、最後に、機会があれば、買ってもらおうかと思い、持参していた本を、個人的なプレゼントとして、差し上げた。営業活動としては、まったくお金にならない面談だった(却って自腹で書籍代)が、私はそれ以上のものをもらった気がした。とてもいい体験だった。
そして、しばらたくたったある日、彼から電話があった。「この前、いただいた本、とても面白くて、共感するところがたくさんあったので、ぜひ私の知り合いにも読ませたい。何冊かほしいが、そちらにありますか?」という連絡だった。
彼は、その後も本を買いたいということで、私の営業所に寄ってくれ、私もせっかくなので、うちの営業所のメンバーにも引き合わせ、居酒屋で飲み会をしたりもした。
私にとっても、非常に勉強になった経験だった。あらためて、自己肯定感や承認欲求、自己認知の大事さも感じる。人が変わるとはどういうことか、自己認知を書き換える認知行動療法的アプローチ、体験学習からの気づきや学び、ちょっと違った角度からシンクロニシティなど、この話に関連し伝えたい点は、たくさんあるが、そういった話よりもストーリーの方が伝わる気がするので、今回はここまでに。
コメント